20101111 回顧厨(この言葉自体が死語
頑張った、久慈光樹は頑張ったですよこれでもっ!
と、こうなんといいますか昔借金こさえて逃げ出した旧友に臆面も無く連絡を取って今更ながらに悶絶しているような心境の久慈光樹です。どうも皆さんこんばんは。生きてました。
とりあえず、冬コミについては当選いたしましたヤフー!
3日目、西館ゆ−26bでございます。ちなみにまた織田霧さんとこと合体なのでお誕生日席独占状態。(西はお誕生日1机なのですね)
ここのところ連戦連勝街道ですよ! コミケと言えば落選が常識だったくじういんぐとは思えないイキオイ! しかもまたしてもお誕生日席! いやー、やっぱりいまどきKanonでなおかつ小説サークルという時点でオンリーワンなあたりがよかったんでしょうか! よかったんでしょうか!(大事なことなので2回書きました)
だってあなた、さっきWikiで調べたらKanonなんて発売日1999年ですよっ! お前、20世紀じゃねーかと、前世紀じゃねーかと!
このサイトもうっかりするともうすぐ11年目になろうかというイキオイ。ありえねぇだろ! と。そりゃ当時18歳だった久慈光樹も29歳にもなるわっ!!
というわけで既にセルフツッコミすらしないで流すわけですが、なんつーかうちのサイトなんて、当時はKanonSS界隈では後発というか新参もいいとこだったわけですよ。
なにせサイト開いた時点でKanon発売から半年以上経ってたわけですから。つかそれ以前の話として当時のSS界隈では痕やToHert全盛の時代でしたから、そもそもにおいてKeyブランド自体が新参というかにわか扱いだったわけです。
そうですねぇ、さしずめいまの時代に例えるならさよなら絶望先生(無印)ファンが「シャフトはやっぱすげぇ!」と化物語を見て騒ぎ立てるニワカを軽蔑しているような状況と言いますか、サムライチャンプルーのOP超かっけーと騒ぎ立てるニワカうぜぇと苦々しく思うカウボーイビバップ好きに監督同じ人だぞと生暖かく告げるジジイみたいな。というか後者はどう見てもいまの時代に例えてねーだろ。
とりあえずそんな感じであったわけです。ええと何の話だったか。エルフェンリートの話だったか。
KanonSSデビュー当時、久慈光樹はほんと後発二番煎じのぺーぺーで、自分でサイト持った当時なんてすなふさんにIRCで「『くじういんぐ』というサイト名はどうでしょうか?」とお伺いを立て「COOLだと思いますよ」などというやり取りをしてようやく決心したくらいのイキオイだったのです。つか今そんな返しをされたらグーでフルスイングという感覚ではありますが、当時は久慈光樹も社交的だったのですよ…。
つか当時お世話になったにわか書店のKageさんや、最果ての地のカワウソさんやしゃむてぃるさんなんかに「うはっ、久慈光樹まだKanonでSSなんて書いてんのかよマジきめー」と指差されて笑われるくらい時間が経ってしまったわけですが、未だに久慈光樹はKanonSS現役であるわけです。
というわけで、今冬もKanon小説本新刊をバリバリ配布するわけですよっ!
今回は影さんと合作で、ガチエロ本というお前もう死んでしまえよみたいなアホ企画なわけですが、久しぶりの合作ガチ本ですから久慈光樹は絶対に負けないとここに宣言しておこうと思います。絶対にわたしの話の方が面白いと読者さんに言わせてみせるっ!!
まあ当然のことながらまだ一文字たりとも書いてないんだけどなっ!(今回のオチ
あっ、それと私信。
久慈光樹は携帯があいほん4になりましたので携帯のメアドが変わりました。
近しいご友人様には既にご通知させていうただいてありますが、実は東京転勤直前に携帯水没という地獄絵図であったため、昔からのお知り合い様のアドレスを大量に紛失している状況です。その為にご連絡できていない方が大量にいらっしゃって、不義理もここに極まったという大変に面目ないう状況でございます。久慈光樹に携帯のメアドを再度教えてもよろしくてよ、という奇特な方がいらっしゃいましたら、サイトのメアドにご連絡をいただけましたら幸いにございます。光の速さでご返信させていただく所存にございます。
つか無作法者でホントすんません。宜しくお願い致します。